2011年は二人の「天才」がこの世を去りました。
一人は米アップルの創設者スティーブ・ジョブズ。
もう一人は落語家の立川談志です。
お二人の天才的なエピソードは改めて記すこともないでしょう。
独裁的でもカリスマ性があり、成し遂げた偉業は数知れず。
さらにもう一つ付け加えるなら、話術に長けていたことも二人の共通点です。
ジョブズ氏は「スピーチの天才」と言われていました。
彼はその巧みな話術によって多くの聴衆を魅了しましたが、中でも「伝説のスピーチ」として今でも語り継がれているのは、2005年のスタンフォード大学卒業式での祝辞です。
祝辞の最後、ジョブズ氏は未来ある若者たちに向けてこんなメッセージを贈りました。
「Stay hungry, Stay foolish.」(ハングリーであれ。愚か者であれ。)
旅立ちのはなむけとして「愚か者であれ」のエールがどれほど学生たちの心に響いたか。
後身に希望や勇気を与えるのは先を行く者の大きな使命であり、ジョブズ氏はアップルの社員にも力強い言葉で自社の未来を語っていたのだろうと想像します。
言葉巧みだから相手を魅了できるのではありません。人は、熱意や信念に裏打ちされた力強い言葉が描くビジョンにときめくのです。
片や、立川談志師匠が話術に長けていたのは当然のこと。
談志師匠はおそらく、生まれながらに「しゃべり」の才能があったのでしょう。
その「(話)術」を「(話)芸」の域まで磨き上げていったのは、落語によるところが大きかったのではないかと思います。
一人で高座にのぼり、長い時には1時間以上も話術だけで聴衆を惹きつけておかなければならない落語では、話のテンポやリズム、間の取り方、身振り手振りといった要素が重要になります。
落語家にはそれぞれ自分なりの「テンポ・リズム・間」があり、同じ演目でも演じる人によってずいぶんと趣が異なるのは当然のこと。
有名な大ネタの「芝浜」を立川談志・古今亭志ん朝・柳家小三治で聴き比べてみてください。
談志師匠は古典落語の名手ですが、談志ファンが愛したのは、立川談志独特のテンポとリズムと間による「談志の芝浜」という話芸でしょう。
極端なことを言えば、インタビューでも記者会見でも談志師匠にかかればすべてが話芸のようなものでした。
要するに肝心なのは、「何を話すか」ではなく「どう話すか」だということです。
同じ話をしても大ウケする人とスベる人がいます。
人生訓を語って感心される人もいれば、やたらと説教じみてしまう人もいます。
その違いは話し方にあります。
話し上手になって人の心をつかみたいと思っている人のほとんどは、話の内容こそ最も大事だと考えているようですが、話術とは「話し方」です。
だからといってへたに話術のノウハウ本を読むくらいなら、有名なスピーチやうまい落語を観たり聴いたりしたほうがためになるというものでしょう。
実際に落語家を講師にした営業トークの研修もあるくらいです。
その人が使う言葉はある意味その人そのもの。
「何を」「どう話すか」で顧客のあなたに対する見方は変わります。
自分の「しゃべり」はどうなのかを知りたければ、気の合う飲み仲間あたりに一度聞いてみるといいかもしれません。
気を許した場所で自分が何をどう話しているか、これはけっこう参考になるだろうと思います。